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日本に移り住んでからもう8年間ほど過ぎました。 振り替えるといろいろありました。
私は年を重ねて行きますが,まだ少し心の奥に思い出が残っています。
子供の時から(小学校から高校を卒業するまで)にブラジルにいました。
その頃はまだ日本語を理解出来ませんでしたが,ブラジルで放送していた様々な
日本のアニメーションや映画を見て非常に魅力を感じました。
日系人向けの本屋さんで並んでいた日本の漫画を見ても漢字を知らない私は
永遠の謎だったと感じました。
あの頃に、ブラジルで日本の漫画は凄く人気があって(今もたぶん人気があるはず)、
どこへ行っても必ず何か日本の”臭い”を感じました(至る所で子供達は日本のアニメの
キャラクターのおもっちゃで遊んだり、大人達は日本の料理を食べたり,など)
私はまだ10歳だったので,少しずつ日本の漫画のまねをしたり,自分自身で漫画を
描いたりしていました。
その頃はたまにブラジル.サン.パウロの子供向けの新聞で 投稿もしました。
内容は様々で特に自分で考えたおもっちゃとか自慢の絵も載せて頂きました。
お金がもらえなくても自分の好きな事(描く事や物を作る事)の喜びが大きくて
多くの人たちに伝えるのはこの世界一で何よりも私の幸せでした。
まだ幼かったけど,次第に自分の夢を抱くようになりました。
最初は漫画家になりたかったけど どうすればなれるか分かりませんでした。
あの頃はブラジルでは日本の漫画の学校がまだありませんでした。
それでも日本の漫画が凄く好きだったので、どこかの漫画イラストファンクラブ
を探して、 入りました。
それはもう一つの夢(イラストレーター)の始まりでした。
高校を卒業してから,日本へ行きたくて、「早く高校を卒業して、早くに日本の漫画と
イラストを学びたい!」と強く決心しました。
その前に大きな壁がありました。日本へ行って、漫画とイラストを学ぶには日本語を
覚えなければなりませんでした。
それで少し日本へ行く前に自分で日本語の勉強したり,日本語学校へ通ったりも
していたけど,覚えるまでに凄く大変でした(今もたまに日本語の難しさ感じます)
でも夢のために,自分の可能性をもっと引き出して,自分の欠けてところを
見直そうとしました。
でもブラジルで過ごして、いろいろな人とのコミニュケーションや感じた事や
体験した事,ここまでやって来れた事に感謝する気持ち一杯です。
いろいろな経験がありましたけど,少しでもみんなの心に伝える事が出来たら凄く
嬉しいです!
イラストだけではなくまだまだ"人生の学校"でいろいろな勉強をしなければなりません。
文化の違いや習慣生活などがあるけど、人間として成長させてくれたブラジルを
忘れられないと思います。
これからブラジルで頑張っていた事を思い出して日本でイラストの仕事を増やす
工夫や経験を重ねて、どのような困難にぶちあっても絶対に諦めない姿勢を確立したいと
思います。
藤原環奈 (千葉県在住)
日本の漫画とイラストレーションのテクニックに強く関心を抱くようになって、
ブラジルから日本へ。 日本でアニメーター学院を卒業。
2000年からイラストレーターとして活躍。
◆1995年に花のイラストコンテスト(講談社)において準入選
◆1998年に第7回ザ.ビートルズ月刊(The Beatles)の イラストコンテストで佳作
◆1998年に公募ガイドのイラストコンテスト (郵便局員さんに着せたい服)で入賞
◆「今日からはじめるAppleWorks6.0」(成美堂出版)付属CD-ROMにイラストが収録
ミレニアム展覧会参加作品 1/2/3
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