今回は、イラストレーターKuma*Kumaさんとよねやまゆうこさんの
ユニット 「koson-koson(コソン・コソン)」の登場です。

「koson-koson」とは、インドネシア語で数字の「00」(ゼロゼロ)という意味。
「モノ作りの原点(ゼロ地点)から、趣味と実益を兼ねて、楽しくおもしろく何でも
仕事に しちゃおう!」をモットーに2000年を機に結成したそうです。

ユニットを組んだキッカケ、旅の本シリーズの制作秘話などについて伺ってみました。
ユニットとしてのコメント、Kuma*Kumaさんのコメント、よねやまさんのコメントがあります。
(メールインタビューです)

■koson-koson旅の本シリーズのお知らせ!(光文社・知恵の森文庫から出版・発売)
『バリ島バリバリ〜女たちのムフフ楽園旅行記〜』
『ばんばんバンコク〜女たちの過熱灼熱旅行記〜』


Q
エ〜と、まずは、簡単に自己紹介をお願いします。

A
koson-koson:はじめまして、こんにちは!koson-kosonです。
私たちはともに神奈川県相模原市でフリーイラストレーターの活動を
しています。こちらを主宰しているナカムラシュンさんも同じ市民
ですよね〜?もしよかったら私たちのお友達に…(笑)。
あと、よく聞かれるんですが一緒に住んでるワケじゃありませんので
誤解しないよーに(笑)!

Kuma*Kuma:雑誌・書籍を中心にマンガ・イラストエッセー・カット・
イラストルポを描いてます。ティーン誌・生活情報誌・ファッション誌・
週刊誌などいろいろなところから頂いてます。書籍は手話が多いので
手話の達人のように思われるんですが…全くダメダメです(泣)。
本物のタイヤとは似ても似つかないタイヤを描いてもタイヤに見せてしまう、
そんなヘタウマがウリです(笑)。

よねやまゆうこ:わたしも雑誌や書籍が中心でジャンルは特に限定
していないんですが、最近では生活情報や子育てなどの雑誌や
明るくカラッと笑えるカットやマンガの仕事が多いですね〜。
あと、デジタルイラストもやってるので、パソコン系の雑誌でもやってます。
書籍は女性のカラダについてのお悩み解決本やダイエット本などなど…
こーして振り返るといろいろ描いてますね(笑)。

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Q
活躍中のお二人ですが、イラストレーターになったきっかけはどんなこと
だったのでしょうか ?

A
Kuma*Kuma:「(イラストレーターに)なったら?」
高校3年の秋、この友だちの一言で運命は決まりました(笑)。
美術のない学校で、しかも専門学校に入るまでラクガキ以外で
絵を描いたことがなかった。
中学までは近所のおじさんがゴーストで描いてくれていたもので(笑)
専門学校を卒業する時にデザイナーとして就職が決まってたけど「卒業記念!」
として(笑)売り込みにいったのがイラストレーターの活動の第1歩でした。
数カ月後に依頼をもらい、職場で仕事しつつ〜イラストの打ち合わせの
電話をこそこそと〜(笑)。

よねやまゆうこ:わたしは、もともと漫画家になりたかったんですよ〜。
きっかけというか、今振り返ると将来を予見させる出来事はありましたね。
小学校で配られるプリントとかあるじゃないですか?「給食だより」とか(笑)。
それに当時から牛乳のカット描きとかやってましたからね〜。高学年になると
技が高度(?)になってオリジナルで描いた4コマ漫画をコピー本にして友だちに
配ってたんですよ(笑)。結局、大人になっても同じことやってますから
現在に至る土台はあったんでしょうねえ。わたしは本格的に活動を始めたのは、
セツを卒業してからかな?最初は知り合いの方から小さなカットのお仕事を
いただいて、それをコツコツ積み重ねて………今も積み重ねている最中ですね(笑)。

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Q
今、ユニットで活動されていますが、どのようないきさつでユニットを
組んだのでしょうか?

A
koson-koson:私たちはかれこれ10年以上の付き合いになるんですが、
学生時代からの友達ってワケじゃないんですよ〜。社会人による
創作絵本サークルがありまして、そこで知り合ったんです。
このユニット名を名乗る以前から、依頼があればたびたび2人で組んで
仕事はやらせていただいてたんですね。あとでお話に出てきますが、
バリ本の出版がタイミングよく「2000年」と重なったので、それじゃあと
ユニット名をつけてみたんです(笑)。



    その2へつづく
    


            
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